オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『ペンギン・ハイウェイ』森見登美彦

概要

おっぱい大好き少年のアオヤマ君が住む街にペンギンが出現する話。

感想

三十郎氏はたいへん頭が悪く、しかも努力をおこたり勉強しないのである。一日一日、三十郎氏は世界について忘れ、昨日の自分よりも阿呆になる。本作を初めて読んだ時にはよく意味がわからず「森見登美彦にこういうのは期待してないなあ」と思ったのが正直なところ。その後『夜行』『熱帯』と読み進めて、これらが共通したテーマを持つと判明し、少しは味が分かるようになったかと思ったが、やはり難しい。

(アオヤマ少年の住む)世界Aと世界Bを繋ぐ穴として〈海〉があり、その穴を塞ぐためにお姉さんはペンギンを作るというアウトラインは作中での説明通りに理解できる。お姉さんは〈海〉との繋がりなしには世界Aに存在できないので、防御反応としてペンギンを食べ穴を広げるジャバウォックを生み出す。 そもそも穴を塞ぐために存在するお姉さんがそれを阻害する機能を備えているのは何故だろうか。

アウトラインを理解しても、それらがメタファーとして意味するところを理解するのは更に難しい。「理解できない」システムが先にあって、それらを巡る物語として読むこともできるだろうが、主人公であるアオヤマ少年がそれを許してくれない。アオヤマ少年は科学の子である。小学生が論理的に物事を考えようとしているのに、大人の読者がふわふわとしていられようか。

本作を考える上で、スタニスワフ・レムの『ソラリスの陽のもとに』の知識は必須なのだろう。読もう読もうと思いつつ、未だ手を出せない。タルコフスキー版の映画の途中で眠りに落ちた経験があり、面白そうだと思えない。タルコフスキーの映画で眠くならないものがないので、原作はもしかすると面白いかもしれない。しかし、強烈な睡魔の思い出が手を伸ばそうとする三十郎氏に待ったをかけ続けている。

おっぱいの登場は64回。おっぱいケーキを食べてみたい。『悩ましき男たちの肖像』の感想でも紹介したアオヤマ少年の名言をここでもう一度。

「怒りそうになったら、おっぱいのことを考えるといいよ。そうすると心がたいへん平和になるんだ」

森見登美彦ペンギン・ハイウェイ』より

映画は未見だが、ビジュアルを見る限りでは全年齢向けの印象。テーマが難しすぎないかと思うのだが、子どもたちの方が素直に楽しんで、大きくなってから奥行きに思いを馳せたりするんだろうか。アオヤマ少年の「父の三原則」などは年齢問わず学ぶべき部分が多い。

森見グルメ

特定の店舗の登場はない。作品の舞台が少年時代の原風景としての性格を強く持っているので、特定の場所と結び付けるとその性質が損なわれるのだろう。

ペンギン・ハイウェイ (角川文庫)

ペンギン・ハイウェイ (角川文庫)