オーガナザイズド

ONE OF THESE DAYS, I'M GONNA GET ORGANIZ-IZED.

折れた眼鏡

眼鏡が壊れた

これはもう見事に。真っ二つになった。

第一壊

三十郎が自身の眼鏡を壊したのはこれが三度目である。

一度目は高校時代。昼休みに友人たちとバスケットボールに興じていたところ、鈍くさい三十郎氏の顔面をバスケットボールが直撃した。

ここで学んだ教訓は、“眼鏡を掛けてスポーツをするのは控えるべし”。

第二壊

二度目は大学時代。友人の家に泊まっていた三十郎氏は寝ぼけて眼鏡を踏んづけた。これもまた随分鈍くさい話である。

ここで学んだ教訓は、“眼鏡を床に置いて寝てはならない”。

第三壊

そして今回の三回目。二つの教訓のおかげで破壊を免れてきた眼鏡も経年劣化には勝てなかった。

昨晩のことである。三十郎氏がいつものように映画を見ようと眼鏡を拭いていたら、真ん中が真っ二つに折れた。ポキっと折れるような感覚はなく、元から二つに分かれていたかのように自然に分離した。

思えば約十年間も同じ眼鏡を掛け続けていた。大切に使っていたというよりも、むしろ乱雑な扱いをしていたにも関わらず、よくこれだけの期間耐えてくれたものである。眼鏡に対して感謝してしかるべきだが、映画を見られなくなった三十郎氏は怒り心頭で「このクソ眼鏡!」と罵った。失礼な話である。クソ眼鏡は三十郎氏の方だ。

瞬間接着剤で応急措置を施そうと試みるも、二つに折れた眼鏡の修復は男女の仲のそれよりも困難であった。これは離別ではなく死別だな、と三十郎氏は修復を諦めた。

ここで学んだ教訓は、“眼鏡はいつか壊れる”。

壊れた場所が自宅でよかった。映画館で映画が始まる前だったなら鑑賞料金を丸々無駄にしていたところだったし、もしも海外旅行中に壊れていたらなどと考えるだけで恐ろしい。その後の旅程を諦めタクシーで空港に直行するものの、標識が読めずにフライトを逃してビクター・ナボルスキー状態という悲劇もありうる。

もしもの事態に備えてスペアの眼鏡を持っておくべきなのだろう。

新しい眼鏡

よく見えない状態で自転車に乗るのは怖いので徒歩で眼鏡屋へと赴いた。

価格を重視してJINSにしようかと思ったが、検眼や調整が良いという評判を重視して眼鏡市場に行った。JINS眼鏡市場では価格に倍近い差があるが、いつも使うものなので安心感が欲しい。評判通りの丁寧な検眼・調整であったように思う。概ね満足である。

最も安い価格帯の商品郡から気に入ったものを選び、レンズのオプションも無しである。ちょうど今朝の広告についていた500円引きのクーポンを利用して12460円の出費である。

約十年間も掛けていた眼鏡はもはや顔のパーツの一つである。違和感をなくそうと思えばなるべく似たデザインを選ぶべきだが、折角だから少し違うデザインにしてみるかと思ってしまうのが三十郎氏の性である。新しい眼鏡は先代よりも横幅が少し狭くなり、縦は少し広くなった。当然ながら鏡で見た自分の顔に違和感がある。一週間もすれば慣れるのだろうか。

さようなら、そしてありがとう、先代の眼鏡よ。

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